伊坂幸太郎作の『ゴールデンスランバー』の感想です。
ゴールデンスランバーは、本屋大賞、このミス1位、山本周五郎賞とかなり高評価を得てる作品だけあって面白い。
簡単に言っちゃうと首相暗殺犯の濡れ衣を着せられた主人公の青柳雅春が逃げるだけの話なんですが、これが面白い。
五部構成。
一部『事件の始まり』
大学時代の恋人、樋口晴子がテレビ越しで首相暗殺事件を知る。
第二部『事件の視聴者』
赤の他人から映る青柳雅春。テレビ越しで報道される青柳雅春の印象。
第三部『事件から二十年後』
二十年後あるルポライターが金田首相暗殺事件を調査してる。読み返すと森の声というワードはもしかして……?
第四部『事件』
この小説のメイン。青柳雅春の逃走劇。
第五部『事件から三ヶ月後』
エピローグ。
感想。 ネタバレあり。
逃走劇だけあって、スリルあり、パニックあり、恐怖あり、不安あり。
それだけ書くと鬱屈とした息のつまるような作品に見えますが、主人公側の登場人物は青柳雅春始め良い人揃い。 賛否あるかもしれませんが、この主人公にとっての善人揃いってところが、娯楽、エンタメ作品としては良いんですよね。裏切りだとかそんな畜生行為、現実だけで十分なんですよ。
主人公側の登場人物が伊坂作品らしく、漫画チックで魅力的なんですよね。
青柳雅春
二年前にアイドルの凛香を助け、一躍時の人になった好青年。 森田に言われた『習慣と信頼』を武器に逃走劇を開始する。
樋口晴子
本作のもう一人の主人公的な存在。青柳雅春の元恋人で、青柳雅春を影からサポートする。
森田森吾
青柳雅春の大学時代の友人。「森の声が聞こえる」と冗談交じりながら、鋭い洞察力を持つ。青柳雅春に逃げ続けろと示した後死亡。伊坂作品特有の強烈な個性がある人物だけに、生きていて欲しかった。
小野一夫
青柳雅春の大学時代の後輩。青柳を一時匿う。
岩崎英二郎
ロック命な青柳の元同僚。伊坂作品特有の漫画的な台詞回しと思考回路の持ち主。ロック命なだけあって本人も超ロック。
轟
青柳達が大学時代お世話になった花火職人。 この人のおかげで青柳は九死に一生を得る。
保土ヶ谷康志
裏稼業の男。彼の助言で雨水管を渡り、青柳雅春の逃走劇は終結する。
キルオ
連続通り魔。ひょんなことから青柳雅春を助け、協力してくれる。
さっきも書きましたが、保土ヶ谷やキルオは世間的にはヤバい人間ですが、青柳雅春を裏切ることもなく、作中では良い人なんですよね。
リアリティ無いかも知れないけど、俺はそんな登場人物達に好感が持てるし、読んでてストレスがたまらない。
勿論、別にリアリティを追求することが悪いとは言わないけどね。こんな作品があったって良いんじゃないかな?
結局黒幕は誰なのか、なぜ青柳雅春なのかとはっきりした答えは示されないので、ミステリーとしてはどうなのかと思わなくもないけど、巨大な国家相手に一般人が出来ることなんてないから、「無事逃げきった」で良いんじゃないかな。
二十年後の『筆者』は、読み返すと森の声を知っていたり、青柳雅春の逃走劇が三日だと知ってたり、若者たちの台詞を知ってたりと青柳雅春本人で間違いないかと。
そう考えると二十年経っても青柳雅春は真相を明かそうと頑張ってるわけで。そういった想像・妄想・考察の余地が残されてる作品だって良いんじゃないかな。
以下印象に残った台詞
「何でも消えていくよね、ほんと」「アイドルも、宅配便の運転手も、元の彼氏も」
「国のためには自分の人生がどうなっても構わない。そう本気で思ってる政治家は稀れだ、って」
「ネーミングっていうのは、大事なんだよ。名前をつけるとイメージができるし、イメージで、人間は左右されるからさ」
「びっくりした?」
「日本人は、自ら考えているようでいて、実は考えているように思わされている」
「腕力がなくとも、精度の高い情報を持っている者は、他人から頼られ、必要とされる」
「日本の政治家は内弁慶で、外交への興味もなければ、使命感もない。海外の政治家とコミュニケーションを取ろうとも思わない」
「俺は何と言っても、名前に森の字が二つも含まれてるからな、森とは繋がりが強いんだよ、だから、森の声が時折、聞こえてくるわけだ」
「人間の最大の武器は何だか知っているか」「さあ」「習慣と信頼だ」
「本音を言えば、俺自身、辞めるきっかけを捜していたんだろうな」「真面目な奴に多いパターンだな。一生懸命やってると、急に何もかも、辞めたくなるんだよ」
「それはロックじゃねえだろ」「ロックだねえ」
「お前の持ってる煙草がな、子供の目に当たるんだよ。ロックじゃねえだろ?」
「『おまえ、小さくまとまるなよ』」
「子供の時によく、先生から判子をもらわなかった?『たいへんよくできました』の花丸とか、『よくできました』とか」 「あった」 「わたしたちって、このまま一緒にいても絶対、『よくできました』止まりな気がしちゃうよね」
「お前、オズワルドにされるぞ」
「帰るべき故郷、って言われるとさ。思い浮かぶのは、あの時の俺たちなんだよ」
「おまえは逃げるしかねえってことだ。いいか、青柳、逃げろよ。無様な姿を晒してもいいから、とにかく逃げて、生きろ。人間、生きててなんぼだ」
「七美が、嫌いなキュウリ食べられるようになったら、帰ってくるって」 「じゃあ、帰ってこなくていいよ」 「クールだねぇ」
「何やってんの、青柳くん」
「結局、人っていうのは、身近にいる、年上の人間から影響を受けるんですよ。小学生だと、六年生が一番年長ですよね。だから、六年生は、自分たちの感覚がそのままなんです。ただ、中学校に入れば、中学三年生が最年長です。そうなると、中三の感覚が、自分を刺激してくるんですよ。良くも、悪くも。思春期真っ最中の中学三年生が自分の見本なわけです。だから、一歳しか年齢は違わなくても、感覚的には、三歳くらいの差があるんです」
「消火器で恋愛の火も消えたんですよ」
「彼女とかって、付き合ってる時はあんなに一緒で、何でも知ってたのに、別れると、本当に何も分かんなくなりますよねぇ」
「嘘をつかざるをえない時はさ、やっぱり、それなりに苦悩して、悶え苦しんでくれないと」
「飯粒を全部、食い尽くすなんて、皆殺しにするみたいで、残酷じゃないか」
「花火大会ってのは規模じゃねえんだよな」
「その町とか、村によって、予算は違うけどな、でも、夏休みに、嫁いでいった娘が子供を連れて、実家に戻ってきて、でもって、みんなで観に行ったり、そういうのは同じなんだよな。いろんな仕事やいろんな生活をしている人間がな、花火を観るために集まって、どーんって打ち上がるのを眺めてよ、ああ、でけえな、綺麗だな、明日もまた頑張るかな、って思って来年もまた観に来ようって言い合えるのがな、花火大会のいいところなんだよ」
「花火ってのは、いろんな場所で、いろんな人間が見てるだろ。もしかすると自分が見てる今、別のところで昔の友達が同じものを眺めてるのかもしれねえな、なんて思うと愉快じゃねえか? たぶんな、そん時は相手も同じこと考えてんじゃねえかな。俺はそう思うよ」
「思い出っつうのは、だいたい、似たきっかけで復活するんだよ。自分が思い出してれば、相手も思い出してる」
「これは厳密に言えば、交際三ヶ月記念じゃなくて、三ヶ月点検だよ」
「俺が先輩って呼ぶ時は気をつけてくださいよ」
「いいか、人を殺すのが正しいとは言わない。ただな、自分の身を守る時だとか、たとえば、家族を守る時だとか、そういった時に、相手を殺してしまう可能性がないとは言えないだろう?本音を言うとな、俺はそういうのはアリだと思ってんだ」
「アリなんですか」
「アリだな。だからというわけではないが、こいつが人を殺す可能性がゼロだとは思わないんだ。何かそうせざるを得ない状況が来ないとも限らない。だろ?ただ、痴漢ってのはどう理屈をこねても、許されないだろうが。痴漢せざるをえない状況ってのが、俺には思いつかないからな。まさか、子供を守るために、痴漢をしました、なんてことはねえだろ。ま、俺の言わんとすることはそういうことだ」
「俺たちが、荷物を運ばなくなったら、この国はぜんぜん、機能しねえよ。インターネットだ、何だって言ったって、実際の物は俺たちが運んでるんだからよ」
「イメージというのはそういうものだろ。大した根拠もないのに、人はイメージを持つ。イメージで世の中は動く。味の変わらないレストランが急に繁盛するのは、イメージが良くなったからだ。もてはやされていた俳優に仕事がなくなるのは、イメージが悪くなったからだ。首相を暗殺した男が、さほど憎まれないのは、共感できるイメージがあるからだ」
「奥さんに告げ口しますよ」「無事に逃げ切って、告げ口しに来いよ」
「思い出の場所って、カーナビで教えてくれるの?」
「俺たちなんて、いつもやってねえことをやった、って言われてるんだ」
「すげえ、わかるよ、その気持ち。濡れ衣ほどつらいものはねえよなあ」
「悪いことが起こると何でも俺たちのせいだぜ。アメリカみたいだよな」
「青柳さんにお手紙ついた」
「俺たち一般大衆なんてのは、偉い奴らの決めたことに振り回されてるだけなんだん。俺たちが目先の仕事や恋愛だとかに必死な間に、勝手に物事を進めて、でもって理不尽なことを背負わせてくるんだ。でもって、偉い奴らはああいう監視カメラの向こうで、泡食ってる俺たちを嘲笑しているんだよ」
「名乗らない、正義の味方のおまえたち、本当に雅春が犯人だと信じているのなら、賭けてみろ。金じゃねえぞ、何か自分の人生にとって大事なものを賭けろ。おまえたちは今、それだけのことをやっているんだ。俺たちの人生を、勢いだけで潰す気だ。いいか、これがおまえたちの仕事だという事は認める。仕事というものはそういうものだ。ただな、自分の仕事が他人の人生を台無しにするあもしれねえんだったら、覚悟はいるんだよ。バスの運転手も、ビルの設計士も、料理人もな、みんな最善の注意を払ってやってんだよ。なぜなら、他人の人生を背負ってるからだ。覚悟を持てよ」
「雅春、ちゃっちゃと逃げろ」
「結局、最後の最後まで味方でいるのは、親なんだろうなあ。俺もよっぽどのことがない限り、息子のことは信じてやろうと思ってんだよ」